はじめに
「AIエンジニア」「プロンプトエンジニア」──
AI時代の登場と共に広まった言葉ですが、実務に触れるほど違和感が残ります。
一方で、「Embedded(組み込み)エンジニア」「Webエンジニア」という呼び方には、
なぜか曖昧さがなく、すっと理解できます。
それは、
Embedded / Web が “プラットフォーム(環境)” を指す言葉なのに対し、 AI は“技術・手法”を指す言葉だから
です。
この記事ではまず、
Embedded / Web / AI の「名前としての構造」を整理し、違和感の正体を明確にします。
そのうえで、
論文で定義されている Prompt Engineering を軸に、AI領域の正しい4分類を提示します。
📘 本論:AIエンジニアという名称が曖昧な理由と、正しい4分類
1. Embeddedエンジニア・Webエンジニアは “プラットフォーム × エンジニア”
✔ Embeddedエンジニア(組み込みエンジニア)の場合
Embedded(組み込み環境)という固定されたプラットフォームの上で動く “システムそのもの” を作る人。
作るものの具体例:
- 車のECU制御(スロットル制御・ブレーキ制御)
- 家電のファームウェア(電子レンジ、テレビ、掃除機)
- 医療機器の制御ソフト
- ロボットのモーター制御ロジック
- デバイスドライバやRTOS周りの制御
Embeddedは「ハードウェア+リアルタイム制御」という明確な“環境”があり、
その上に作るものも明確。
だから Embeddedエンジニア=Embedded Platform × Engineer という構造が成立する。
✔ Webエンジニアの場合
Web(HTTP / ブラウザ)というプラットフォームの上で動く “アプリケーション” を作る人。
作るものの具体例:
- ECサイト
- 予約システム
- SaaSのフロントエンド / バックエンド
- REST API / GraphQL API
- 管理画面(ダッシュボード)、認証システム(JWT, OAuth)
- サーバーサイドアプリ(Django, Rails, Node)
Webにも「HTTP」「ブラウザ」「サーバ」という“環境”があり、
その環境に乗せるアプリを作る。
これも構造としては同じ。
Webエンジニア=Web Platform × Engineer
2. しかし AI は“プラットフォーム”ではなく“技術”。だから名称が破綻する
ここがもっとも重要なポイント。
AIが指すものは「技術・機能」そのもの
- モデル(GPT、Claude)
- 推論エンジン
- 学習アルゴリズム
- ベクトル検索
- Agent
- API
Embedded や Web のように 「アプリを乗せる環境」ではない。
つまり、名前の構造としてこうなる:
- Embeddedエンジニア
→ Platform × Engineer - Webエンジニア
→ Platform × Engineer - AIエンジニア
→ Technology × Engineer → 構造が崩れる
技術 × エンジニア なので曖昧になるのは当然。
3. AIはまだ “統一プラットフォーム” として確立していない
AIが“技術の集合体”である以上、
- WebのHTTPのような明確な基盤
- EmbeddedのCPU/RTOSのような統一環境
が存在しない。
これは非常に大きい。
つまり、
AIの上でアプリが動くのではなく、 アプリの中でAIが動く。
立場が逆なのです。
だから “AIエンジニア” という言葉は
構造的に“何者なのか”が定まらない。
4. では、どう分類すれば混乱しないのか?──論文の定義を元にした4分類(詳細版)
AI領域の混乱が起きる理由は、
AIが「プラットフォーム」ではなく「技術の集合体」であるため、
扱う“層”によって必要なスキル・役割がまったく異なるからです。
Embedded や Web のように「環境 × エンジニア」の構造が成立せず、
AIには明確な“技術レイヤーの階層”が存在します。
そのため、AIを扱う職種は
技術レイヤーごとに明確に切り分ける必要があります。
以下の4分類は、論文で定義された概念も踏まえ、
AI領域を混乱なく説明できる最も正確な整理です。
✨ ① AIリサーチャー(AI Researcher)
担当レイヤー:レイヤー0(AI理論・アルゴリズム研究)
AIリサーチャーは、
AIそのものを“作り出す”仕事 を担当します。
これは学術領域に深く根ざした、もっとも低層の技術レイヤーです。
扱う領域
- 新しいモデル構造(Transformer後継モデルなど)
- 学習アルゴリズムの研究(最適化手法、注意機構など)
- パラメータ効率化の理論
- AIに関する数学的研究
- 研究論文の発表
担う役割
- AIという「技術の根幹」を進化させる
- GPT、Claude、Gemini のような基盤モデルの礎を作る
AIリサーチャーは AI技術の出発点 にあり、
一般的なエンジニアリング職よりも高度な数理・研究能力が求められます。
✨ ② AIエンジニア(AI Engineer)
担当レイヤー:レイヤー1(モデル開発・モデル最適化)
AIエンジニアは、AIリサーチャーが作ったモデルを
「実用レベルに調整・最適化する」役割 を担います。
学術的には “Model Adaptation” に該当し、
モデルそのものに直接触れる技術者です。
扱う領域
- Fine-tuning(ファインチューニング)
- モデル蒸留(Distillation)
- 推論高速化(推論エンジン、量子化、GPU最適化)
- 評価基準の策定(BLEU、BERTScoreなど)
- 大規模データの前処理・整形
担う役割
- モデルの性能・速度・安定性を改善
- 特定用途向けのモデルを作り込む
- 実際に動くAI「基盤技術」の品質を担保
レイヤー0に近い高い専門性が必要で、
AI技術の“内部”に触れる数少ない職種です。
✨ ③ AIアプリケーションエンジニア(AI Application Engineer)
担当レイヤー:レイヤー2(アプリ構築)
AIアプリケーションエンジニアは、
AIという技術を利用して、実際のアプリや業務システムを構築する専門家です。
モデル内部には触れませんが、
AIの仕組みを深く理解し、
RAGやAgentなどを組み合わせて価値を生み出す 役割を持ちます。
扱う領域
- RAG(検索拡張生成)の設計・構築
- Agentアーキテクチャ設計(ツール連携、ワークフロー構築)
- 業務システムとの統合(SmartHR、GAS、Djangoなど)
- AIを活用した自動化(勤怠処理、CSVマッピング、社内Bot)
- AIの出力をもとにしたUI/UX・API設計
担う役割
- AIを組み合わせて“実務価値”を生み出す
- 現場プロダクトにAIを組み込む
- 企業がもっとも求めている領域
AIリサーチャーやAIエンジニアが作る基盤技術を
「社会や業務に落とし込む」最前線の職種 です。
✨ ④ プロンプトエンジニア(Prompt Engineer)
担当領域:レイヤー外(AIの“外部インターフェース”)
大きなポイント:
プロンプトエンジニアは AI技術レイヤーの内部にいない。 AIの“外側”のインターフェースを扱う特殊な領域である。
プロンプトはモデルの内部構造に触れず、
LLMを操作するための「I/O制御」です。
そのため、
AI技術(レイヤー0〜2)の内部とは独立した領域になります。
扱う領域
- プロンプト設計・最適化
- few-shot、chain-of-thought などのテクニック
- JSON出力強制・整形
- 役割付与(system prompt)
- LLMの出力品質の安定化
- hallucination抑制
論文での定義
Sahoo et al. (2024)
「プロンプトを設計・最適化し、LLMを下流タスクに適応させる技法体系」
Meskó (2023)
「一貫した出力を得るための指示文の最適化プロセス」
担う役割
- モデルの内部を変えずに“結果だけ”を制御する
- AI利用者の体験を改善する
- UI/UXや業務要件に近い位置でAIを操作する
まさに 「AIとアプリケーションの間にある外部インターフェース」 を担当する職種です。
🧩 まとめ:4分類は AIの技術レイヤーの違いを明確に示している
| 分類 | 技術レイヤー | 役割の本質 |
|---|---|---|
| AIリサーチャー | レイヤー0 | AIそのものを開発 |
| AIエンジニア | レイヤー1 | モデルを最適化 |
| AIアプリケーションエンジニア | レイヤー2 | AIを使ってアプリを作る |
| プロンプトエンジニア | レイヤー外 | AIの入力/出力を制御 |
このように分類することで
AI領域の曖昧さが完全に消え、
「誰がどの層を担当しているのか」を明確に説明できます。
おわりに
EmbeddedエンジニアやWebエンジニアには曖昧さがありません。
どちらも 「プラットフォーム × エンジニア」 という構造で成立しているからです。
しかし、AIは “プラットフォーム”ではなく“技術” です。
そのため “AIエンジニア” という言葉は本質的に曖昧で、
役割の境界が混乱しやすい。
実際には次の4つに整理するのが最も正確です。
- AIリサーチャー(AIを作る)
- AIエンジニア(AIモデルを改善する)
- AIアプリケーションエンジニア(AIを使ってアプリを作る)
- プロンプトエンジニア(LLMの出力制御)
この整理により、AI領域で働く人たちの役割が明確になり、
自分の立ち位置やスキルの方向性もより鮮明に見えてきます。

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