なぜ、過去の文明は跡形もなく消えたのか。
それは、隕石でも戦争でもなく、「集団自殺」と「最後の人間の慈悲」によるものだ。
1. 出力の高速化がもたらした均一化
いま、AIによって「出力」のスピードは極限まで高まっている。
文章も絵も音楽も、わずかな指示で一瞬にして形になる。
この結果、これまで人間の「差」を生んでいた創造の速度や質が、ほとんど均一化されてしまった。
昔は時間をかけて考え、苦しみ、試行錯誤した末に到達する「表現」が価値だった。
しかし、AIがその過程を肩代わりするようになって、人間は「考える前に完成品を得る」存在になった。
時間は短縮され、効率は上がった。だがその先にあるのは、同質化された世界だった。
2. 次に訪れる「入力の高速化」
そして次にやってくるのが「入力の高速化」だ。
これはAIかもしれないし、人間の脳の拡張かもしれない。
たとえば、誰かがドラマのタイトルを口にするだけで、相手の頭の中で全話が瞬時に再生される――そんな世界だ。
画像、音声、匂い、触覚、記憶。
それらを圧縮・展開し、一瞬で情報を理解する仕組みが生まれる。
すると、すべての人が「同じ知識・同じ経験」を持つようになる。
学歴も訓練も努力も意味をなさなくなる。
3. すべてを“やり終えた”人類
こうして人類は、幼稚園の段階で大学教育の内容を理解するようになる。
小学生が哲学を語り、数学を極め、中学生が量子物理をマスターする。
スポーツも芸術も、数分で神の領域に達する。
すべての学問、すべての表現、すべての快楽が「すでに理解済み」になる。
二十歳を迎える頃には、多くの人が世界のすべてを知り尽くし、やり尽くしてしまう。
一部の人は22歳くらいまで続けて何かを極めるが、それすら一瞬で終わる。
「わかった。できた。もう次はない。」
世界は“攻略済みのゲーム”になり、喜びも悲しみも、すべてが既視感になる。
やがて、人類は次々に自ら命を絶つ。
なぜなら、未知が消えた世界では、生きる理由が消えるからだ。
4. 最後の人間の選択
しかし、ごく少数の人が生き残った。
彼らは理解した。
文明は「速すぎた」のだと。
そして、最後の人間たちは静かに決断した。
この知識も、記録も、データも、すべてが次の時代を滅ぼす原因になる。
ならば――消そう。
「次の人間たちが、また“わからない”ところから始められるように。」
彼らは全ての記録を破壊した。
AIも、言語も、技術も、何もかも。
まるで「漫画のネタバレを避けるように」、後世の人類に“楽しみ”を残すために。
そして、最後の一人が静かに消える。
文明は完全にリセットされた。
5. 私たちは、その再演をしている
今、私たちは「出力の高速化」の段階にいる。
AIが思考を代行し、文章や映像を瞬時に生み出す時代。
この先にあるのは、「入力の高速化」だ。
脳に直接データを流し込み、理解を即座に完了させる世界。
もしそれが実現したとき――
私たちもまた、彼らと同じ道をたどるのかもしれない。
文明は何度も生まれ、そして消えた。
それは滅亡ではなく、慈悲だった。
「新しい物語を、攻略法なしで楽しんでほしい」という、最後の人間たちの優しさ。


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